東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)137号 判決 1976年11月02日
原告
フリツツ・ブレムスヘイ
外一名
右訴訟代理人弁護士
中村稔
外一名
同弁理士
大塚文昭
外二名
被告
特許庁長官
片山石郎
右指定代理人
中村泰
外二名
主文
特許庁が昭和四七年五月二〇日同庁昭和四五年審判第六二二三号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 <省略>
第二 請求の原因
一、特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和四一年七月七日、名称を「短縮可能の傘」とする発明につき特許出願をしたところ、同四五年三月二三日拒絶査定を受けたので、同年七月二〇日審判の請求をし、同年審判第六二二三号事件として審理されたが、同四七年五月二〇日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、出訴期間として三か月を附加する旨の決定とともに同年七月三一日原告に送達された。
二、本願発明の要旨
(イ)、伸縮自在の心棒、
(ロ)、心棒の下端部に取付けられた握り、
(ハ)、心棒の上端部に関節的に固定された上部部分およびこの上部部分とともに伸縮できる少なくとも一つの部分とから成る伸縮自在の屋根骨の組織、
(ニ)、心棒に沿つて摺動できる摺動子、
(ホ)、それぞれ摺動子と関節的にかつまた屋根骨と関節的に結成された支持骨、
(ヘ)、傘を開いた場合および閉じた場合の摺動子の鎖錠用手段、
(ト)、心棒の上端部および屋根骨の自由端部および上部の屋根骨部分とともに伸縮できる屋根骨部分の少なくとも一つの上端部と結合していて屋根骨を外側で被覆する張布、
(チ)、張布の下で屋根骨に対して平行に位置し、かつ上端部で屋根骨の上端部に隣接して位置し、傘を広げた(伸ばした)場合において上記上端部から心棒の上端部と、伸縮自在であつて屋根骨の自由端部を形成する屋根骨部分の上端部との間の半分の間隔にほぼ等しい長さにわたつている棒の組織から成るものにおいて、棒は張布に結合されているかまたは外方向への弾性もつ棒として形成されていて、ろくろに固定されていることを特徴とする短縮可能の傘。
三、審決理由の要点
本願発明の要旨は前項記載のとおりである。ところで、特許出願公告昭和四一年第六八二六号公報(以下「引用例」という。)には、下端に握り柄を取付けた伸縮自在の中棒の上端のろくろに溝骨内を摺動し下端に出没できる伸縮骨をそなえた親骨が取付けられ、中棒には下ろくろを遊動自在に嵌装するとともに溝骨と下ろくろ間に受骨を連結し、また張布を親骨の下端と親骨中間部ならびに中棒上端部に止着するとともに親骨を外側から被覆し、さらに溝骨の上端部に溝骨の半分の長さ程度の折畳用誘動骨杆の基端を右骨杆が張布との中間に介在するよう溝骨に沿つて上下に摺動自在に遊着した洋傘の折畳装置が記載されている。なお引用例には下ろくろの鎖錠用手段が示されていないが、この点は洋傘が必ず具備している構成である。
そこで、本願発明と引用例とを比較すると、本願発明においては棒を屋根骨の上端部から心棒の上端部の間に取付けたのに対し、引用例では本願発明の棒に相当する折畳用誘動骨杆の基端を同じく屋根骨に相当する溝骨の上端部に遊着した点で相違するほか、両者は全く一致する。この相違点についてさらに検討すると、引用例の折畳用誘動骨杆も本願発明の棒と同じく張布を茸形に規則的に容易にたたむことができる作用効果を生ずるものであつて、この点の構成上の相違は単純な設計上の変更にすぎない。
したがつて、本願発明は引用例と同一発明であるから、特許法第二九条第一項第三号により、特許を受けることができない。<以下省略>
理由
一原告主張の請求の原因第一項から第三項までの事実は当事者間に争いがない。
二そこで、原告の主張する審決取消事由の有無について判断する。
(一) 当事者に争いない事実
本願発明においては棒が屋根骨の上端部から心棒の上端部の間で張布に結合するか、ロクロに固定しているのに対し、引用例ではこれに対応する折畳用誘動骨杆が溝骨の上端部に遊着している点で両者に構成要件上の相違があることは当事者間に争いがない。
(二) 構造上の差異、
<証拠>によれば、本願発明においては、棒が張布に結合されている態様と棒がロクロに固定されている態様があるが、いずれの態様においても、棒は屋根骨には直接取付けられておらず、傘の短縮に際して屋根骨と平行ないしは外部への放射状の拡がりを維持する構造を具えていること、これに対し、引用例では折畳用誘動骨杆(本願発明の棒に相応)が溝骨(本願発明の屋根骨に相応)に取付けられており、本願発明におけるように張布が屋根骨と平行ないし外部への拡がりを維持する構造になつていないことが認められ、本願発明における棒は、引用例の折畳用誘動骨杆と均等のものでないことが明らかである。したがつて、洋傘の構造としては、両者間に設計上の微差とはいいがたい重要な構造上の差異があるものと解するを相当とする。
被告は、引用例における溝骨の上端部とは溝骨のロクロ装着部分も含まれ、本願発明におけるロクロ固定と実質的に共通すると主張し、<証拠>(引用例)によれば、その特許請求の範囲として、「溝骨の上端部に対して適当の長さの折畳用誘動骨杆の基端を、該骨杆が張布と溝骨との中間に介在するごとく溝骨に沿つて上下に擺動自由に遊着する」と記載され、発明の詳細な説明には「溝骨の上端部(中棒上端のロクロに装着する部分)」と記載されていることが認められる。しかしながら発明の詳細な説明には、さらにこれに関連して「骨杆部を溝骨面に密接し得るごとく二叉の叉脚状に形成しその上端を直角に屈折して同骨杆を溝骨4上部に擺動自由に遊着する取付孔2を穿設する。すなわち誘動骨杆1は叉脚状に形成する骨杆部により溝骨4に擺動自由に挾着せしめられる。」との記載があるので、これとその添付図面と対照して検討すると、引用例においては、誘動骨杆1は溝骨4に擺動自由に遊着されているものと認めるのが相当であり、ロクロ14に溝骨4とともに取付けられているものとは認められない。したがつて誘動骨杆1の取付けられる溝骨の上端部とはロクロ装着部分を含むものと解することはできず、被告の上記主張は採用できない。
(三) 作用効果上の差異
<証拠>によれば、次のことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
(1) 本願発明は、その発明の詳細な説明に「このような構造の傘を短縮する場合、これに対して張布が規則的に畳まれてこのとき公知のきのこ形となるように配慮しなければならない。このことは若干の熟練を要し折折うまくゆかないものである。この場合、張布が傘骨部分間にはさまれて損害を受ける危険が生じる。本発明はこの欠点を除去することを目的とするものである。」とあるように、傘を短縮する際に張布により形成されるきのこ状膨らをみ規則的に形成することを発明の目的とするものであつて、棒23・35の取付け方と屋根骨に対する長さの関係により、張布の上半分が傘の短縮に際し屋根骨より外部に張りでて折り目を生じさせず、張布がきのこ状に規則的かつ自動的に折畳まれるものであるのに対し、引用例は、その発明の詳細な説明に「茸状の不体裁な膨らみが形成することを防止される。」とあるように、本願発明のそれとは明らかに異なつた目的をもつものであつて、その対比する従来品の欠点やその目的を達する短縮の際の作用動作の記載をみても、少なくとも本願発明のようなきのこ状に規則的・自動的に折畳まれる目的・作用と同一の内容のものとはいいがたいこと
(2) 本願発明では前記認定のように「張布が傘骨部分にはさまれて損傷を受ける危険」を防止するが、引用例では誘動骨杆が溝骨に直接取付ける構造となつているので、傘の短縮の際、誘動骨杆と溝骨間に生ずる鋏状に張布が挾みこまれることが避けられず、本願発明に比して張布が損傷され易いこと
(3) 本願発明の棒は屋根骨と無関係であり、ろくろねじキヤツプの間に固定するか、張布に結合するので、取付けに何ら特殊な部品を要せず、したがつて既成の傘に取付けることもできる。これに対し引用例では誘動骨杆の取付に溝骨4の取付孔2の穿設を要するので、その傘のための溝骨を制作しなければならない。してみると本願発明の棒の方が構造がより簡易で実用性に富むといえること
三以上のとおり、本願発明と引用例とは構成要件上の相違に基づき、構造上からも作用効果上からも原告ら主張のような洋傘としての重要な差異があるといわなければならない。したがつてその構成要件上の差異を単なる設計の変更にすぎないとし、ひいて同一発明とした本件審決は事実認定を誤つており、違法であるから取消を免れない。
よつて、原告の請求を認否し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(杉本良吉 舟本信光 小酒禮)